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中学時代はバスケットボール部に所属するも試合に出た経験なし。 高一の時、大山倍達の本を読んで感動し、極真空手本部道場に入門。
入門初日、大山館長より、
「やるからには黒帯を取るまでやめちゃいけないよ。」
と握手される。ゴットハンドのぬくもりは一生忘れないだろう。

毎日、ぶっ倒れたり、足を引きずりながら自宅に帰る日々であったが、心の中ではロッキーのテーマソングが鳴り響き、「俺はこうして強くなっていくんだな」と勝手にドラマの主人公になりきっていた。全日本で活躍されているそうそうたる先輩達にもまれながらも、なぜかやめようと思ったことがなかった。

大学三年の時、黒帯を取得し大山館長との約束を果たす。

大学卒業後は某大手不動産会社に入社するも、飲んだくれてばかりいて本社に呼び出されることたびたび。4年後退社。

27歳の時、カレー屋で独立しようとカレーハウスC○C○壱番屋に入社するが半年でリストラに…

3ヶ月のフリーター生活を経て徳島で1年、富山で1年、指圧の修行をする。

という矢沢永吉の言葉を思い出し、29歳の時、極真の富山県大会出場決意。
7年間全く運動もせず、不健康の固まりのような生活をしていたので、無謀な決意であった。わずか半年間の練習期間であったが、3回戦進出を果たす。

試合後、道場の先輩に「もっとまともな人生を歩まなければいけないよ。やる気があるんだったら富山県で一番業績のある接骨院の先生を紹介してあげるよ。」と現在私の恩師である吉村先生を紹介してもらう。

そして7年間、吉村先生のお宅で住み込み修業をすることとなる。
富山県は超保守的な土地柄で、当初、都会人の私には厳しい日々であった…。
しかし、富山で修行したことで、「どこでもやっていける」という自信がついたのも事実である。

吉村先生には、

「我々の財産は勉強しかない。」
「我々は治療の勉強だけしていればいいというものではない。経営の勉強も必要だ。治療と経営は車の両輪だ。どちらかが欠けても車は動かない。分かるか?」


と、よく言われたものである。
今でも私が以外と勉強グセがあるのは、吉村先生の影響である。

この間、朝から夕方まで接骨院で働き、夜は金沢の柔整専門学校に3年間通う。成績は常にトップクラスであった。

国家試験の1週間前に吉村先生の恩師である佐藤清先生に出会う。
佐藤先生は、故・岡崎嘉平太氏の推薦で中国に渡り、周恩来首相(当時)の主治医であった馮天有先生と中国治療を研究し、さらにその師である羅有名先生に師事された。その当時まだ日本では知られていない中国医療の奥義を日本人で唯一習得された方である。佐藤先生は病んだところに自然と手がすっと伸び、一瞬で直してしまうという超人的な人である。あの元巨人軍監督の長島茂雄氏が最も信頼している治療家である。

その佐藤先生に中国式の首の矯正をしていただいた。頭から稲妻が落ちたような衝撃を受けた。体全身に気が走り抜けた!

「人間技では無い…」

私は佐藤先生が中国で学んだ治療法とはどういうものなのか気になって眠れない日々が続いた。いろいろと調べた結果、「推拿」という中国の伝統的な治療法であることがわかった。
日本で「推拿」を学ぶことができないのか?調べた。そして李強という先生が大阪で、孫維良という先生が東京で本物の推拿を教えていることがわかった。

国家試験終了直後から2年間、毎週のように日帰りで大阪の李強先生の元に通い、中医学の理論と推拿の技術を学んだ。李先生の手技は「これが人間の手の動きか!」と信じられないほどなめらかな手の使い方であった。富山と大阪の片道3時間の車中の間、練習を繰り返した。
そこそこ手の動きが出来るようになった頃、李先生に「君のはうわっつらの治療です。気がはいっていません。本物の推拿を習得するには気功の鍛錬が必要です。」と言われた。
そして太極拳や気功を学んだ。毎朝、接骨院の屋上で気功の鍛錬を繰り返した。

7年間の富山での修行後、開業するため、8年ぶりに東京に戻った。

開業前に孫維良先生の推拿塾に参加した。孫先生の教えてくれた推拿は佐藤先生の技術と同じであった。なぜなら孫先生は佐藤先生と同じく馮天有先生、羅有名先生に師事していてことがあったからである。先生にマンツーマンで推拿正骨療法の技術と理論をたたき込んでいただいた。短時間の治療で信じられない位の効果がでる推拿に陶酔した。しつこいくらい孫先生の元に通った。

平成16年5月20日、紅葉丘整骨院開院。
今までの治療に対するこだわりを捨て、初日から推拿で治療した。
結果、開院して5週間で59人達成という低迷する治療業界でちょっとした伝説を作った。
推拿の技術は強力であった!

 

紅葉丘整骨院 院長 梅原二郎 経歴
S42.1.3 生まれる
S54.3 白糸台小卒
S57.3 府中二中卒
S60.3 法政一高卒
H 2.3 法政大学経営学部経営学科卒
H13.3 北信越柔整専門学校卒
H13.4 柔道整復師免許取得 (第38976号)
H16.5 孫維良先生の推拿塾に参加
H16.5 紅葉丘整骨院開院

 

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